子供の頃の親切心から起きた出来事

この前急遽、主人に俺の髪を切ってくれとお願いされました。

そしてこの事により自分の子供の頃の事を思い出しました。

あれは4歳の時の出来事で近所に住む同じ幼稚園に通う友達と遊んでいた時の事です。

何やらその女の子は前髪が邪魔みたいな感じだったので幼心から私はその女の子の髪をハサミで切ってあげる事にしました。

幼稚園のお道具箱から工作用のハサミを持ち出しチョキチョキと髪をカットしました。

当然、上手く切れるわけもなくその女の子はカットした後の髪型を鏡で見てから泣きながら家に帰ってしまいました。

私は友達を喜ばせたくてしたはずの散髪が結果、その子を傷つけてしまったんだと思うととても悲しい気持ちになってしまいました。

その後、母に泣きながらこの事を話し親子で友達の家に謝りに行きました。

友達のお母さんに怒られるんじゃないかと覚悟していたけど本来なら子供の髪の長さは親が気付いてカットしたり美容室に連れていかなければならないのに4歳の私が気を使う状況を作ってしまいごめんねと逆に謝られました。

何故か大人になった今でもこの出来事は強烈に覚えていてもし今、自分が親の立場になったとしてもこの女の子のお母さんの様に広い心が持てるのだろうかと思うと今でも申し訳なく感じると共に人の髪を切るのは今でも少々トラウマになっています。

j0a3kLk6TG3C

ある日突然、亡くなってしまった人

子供のころ住んでいた家の裏には、「とても怖いおばさん」が住んでいました。おそらく当時で40代後半くらいだったと思います。私より2歳ほど年上の子供がいたのですが、その子以外の子供はすべて敵であるかのように、いつも怒ってばかりいる人でした。特に何もしていなくて、すれちがいざまに挨拶をしても怒られる始末で、子供ながらに、非常に苦手だと感じていました。

そんなある日のことです。その人が、バス停で倒れ、そのまま帰らぬ人になりました。脳卒中のようなものだったと聞いています。口うるさい人がいなくはなりましたが、
「昨日まで元気だった人が急に死ぬ」
という出来事を、とても怖く思ったものです。
あれから何度も人の死に接する機会はありましたが、その中でも、とても印象的で、忘れられない出来事です。

その人のことは苦手でしたが、いま思えば、何かいつの怒りたくなるような理由があったのかもしれません。いつまでも心から消えない出来事です。

j0a3kLk6TG3C

犬を引き連れての大冒険

私が5歳のときの話です。母子家庭で昼間は祖母に世話をしてもらっていました。私は落ち着きがなく男の子のような性格で外へ出て遊ぶのが大好きでした。
ある日、祖母が外で洗濯物を干している間に私はまた何時ものように一人で外へと出掛けました。近所にはシェパードを飼っている家がありその犬と遊ぶのが日課でした。その日に限って犬が繋がれていなかったのです。私は気にすることなく遊んでいました。ふと私は隣町に住んでいる叔母の所へ行きたくなり行こうと決めたのです。叔母の家へ行く道は毎週のように母と行っていたので覚えていました。歩き出すと犬が一緒に着いてきていました。私は何回か追い返しましたがずっと着いてくるのでお供だと思い一緒に行くことにしました。
しかし、いざ叔母の家に行くと誰もいませんでした。暫くすると近所の人が声をかけてくれ遊んでくれました。すると叔母も帰ってきました。叔母は私が母と一緒に来たと思っていたようですが一人で来たと言うと顔が真っ青になりました。
案の定、祖母は私の姿が見えなくなったので探し回っており警察にまで連絡しようとしていたところでした。
その後、母にさんざん怒られ納屋に閉じ込められたのです。
不思議な事に犬は次の日にはちゃんと小屋へ戻っていました。
今思えば10キロ近くある道のりを歩いて行ったなぁと思います。

j0a3kLk6TG3C

経験した事がある人はいないだろう。

私が、小学校2年生の頃にあった出来事である。
母の田舎に遊びに行き、弟と外で遊んでいた。
昭和の終わりの話だが、それなりに文明が発達している時代に、母の田舎は、かまどで御飯を炊き、薪でお風呂を沸かす古い家だった。
もちろん、トイレも汲み取り式で肥溜めがあった。
明るい屋外から屋根のついた土間に入った時に、その出来事は起こった。
眩しさに目がくらみ、急に暗い所に入ったため目の前が真っ白になったのだ。
その瞬間…私は肥溜めに足を突っ込んだ。
それを見ていた母は、もの凄いスピードで走って来て、私の首を掴んだ。
このおかげで、片足が落ちただけで助かったのだが、完全に落ち込んでいたら頭まで行っていた深さだった。
他の親戚も沢山いたのだが、誰も助けてくれず周りを囲み遠巻きから「風呂沸かす?」「とりあえず水洗いやろ?」「着替えどうする?」と、言いたい事を言っていた。
実の父親でさえ近づいて来ない。
その時、私が思ったのは「お母さんって凄いな」(母は強し)と「お父さんの意気地なし」だった。
その後は、服を脱ぎ、新聞紙をひいた車でバスタオルを巻きつけ、別の親戚の家に運ばれた。
シャワー付きのお風呂があり、年齢の近い子がいるため着替えも借りれた。
現在は肥溜めは廃止されたが、親戚間では語り草になっており、私もネタにしている。

j0a3kLk6TG3C

石焼き芋の思い出

今ではほぼ一年中スーパーなどで売られている石焼き芋。そのにおいをかぐといつも思い出す出来事があります。小学1年生くらいだったと思います。母親がいつも家で石焼き芋を作ってくれていました。ストーブの上とかではなく単に鍋で作るふかし芋のような感じでしたが、家ではそれを焼き芋と呼んでいました。母はいつも焼き芋を作るときは私に「焼き芋作るから石をいくつか拾ってきて!」と言っていました。そのたびに私は河原にちょうど良い大きさの石を拾いに行きます。
母はありがとうと言って私が拾ってきた石をお鍋の中に入れます。お鍋を火にかけてしばらくするとお芋のいい匂いがしてきます。石焼き芋が出来上がってお鍋のふたを取るとゴロゴロとした石の隙間から美味しそうなお芋が見えます。子どもの頃の私は石がお芋に変わった!と心の中でびっくりしていました。だって母が鍋に芋を入れるところはまったく見ていないからです。石を入れて鍋を火にかけたら石焼き芋が出来たようにしか思えなかったのです。
びっくりして母に「どうして石を入れたの?」と聞くと「石が温まって石焼き芋が出来るんだよ」というからさらに勘違いは増すばかり。かなり後になって石が石焼き芋になるのではないことに自分で気づきましたが、鍋のふたを開けた時のあの驚きは今もはっきりと覚えています。

j0a3kLk6TG3C

小学校1年生で迷子になり警察のお世話になった

私が子供の頃に印象に残ったできごとは、小学校1年生のときに迷子になって警察のお世話になったことです。
私は小学校に入学すると同時に、それまで住んでいた土地から離れたところに引っ越しをしました。
そして引っ越しの翌日、近所を散歩しようと外に出たらあっという間に迷子になってしまったのです。
泣きながらウロウロしていると、通りがかった親切な大人の人が近くの交番に連れて行ってくれました。
交番に行くと、お巡りさんが数名いて、「名前は何?」「おうちの場所は全然わからないの?」などと色々と質問してきました。
皆に囲まれて、すごく照れくさく思ったのを覚えています。そして、袋に入ったおせんべいを貰いました(笑)。
その後何時間かして母親が引き取りにきたのですが、母親が迎えに来たシーンはあまり覚えていないんですよね。とにかくお巡りさんがすごく優しかったというのがすごく印象に残っています。
当時はかなり不安でしたが、今思うと交番は自宅の目と鼻の先でした。どれだけ方向音痴だったんだろう…と思いますね。
でもあの経験で、小さい頃はとにかく「お巡りさんは優しい、かっこいい」と思っていました。

j0a3kLk6TG3C

目撃者は私だけ

私が小学生低学年の頃の出来事です。私の実家は良く言えば、のどかで自然豊かですが、悪い言い方をすれば「ザ、田舎」です。周りは田んぼと山しかありません。その為、昆虫や爬虫類、小動物はいくらでも居ます。だからと言って、それらが平気なわけではありません。昔の事ですから、今のように家の中での遊びは少なかったので、もっぱら外で遊ぶことが日常でした。ある日、いつもの如く自宅の敷地で一人で遊んでいたところ、ふと壁の側の赤土に何やら動くものを発見しました。一瞬、身体が凍りついたように動けなくなった目の先には、途轍もなく大きな大蛇がいたのです。例えるなら、イベントでの爬虫類展でしか見ることの出来ないほどの大蛇です。トグロを巻いてニュルニュルと動いていたので、長さは分かりませんが、3メートル近くはあったのではないでしょうか。大人の太もも程の太さで、小動物なら軽々と窒息させて食べてしまいそうな大物でした。我に返った私は、すぐに家に戻って母親に知らせましたが全く信じて貰えませんでした。そんな母親の腕を引っ張って見に行ったけど、もう姿はなく、証明出来ませんでした。今でもあの身体の硬直した瞬間を忘れることは出来ません。

j0a3kLk6TG3C