どうでもいいことでずっと悩んでいました。

小学校低学年くらいの時のことです。裏の家に住む自分より少し小さな女の子の家で遊んだ帰りに、その子にプラスチックでできたピンク色の櫛をもらいました。家に帰って喜んで親に報告したら「返して来なさい」と怒られたんです。そして返したくないわけではなかったのですが、なんだか返しに行く勇気がなくてこっそり公園の木の下に埋めました。それから結構何年もの間、もし櫛が見つかったらどうしようと怖かったのを覚えています。親の言いつけを破り、返したと嘘までついたのでとても罪悪感を感じていたのでしょう。当時の私にとってとても可愛い素敵な櫛を返さずに埋めてしまったこと自体もとても後悔したんだと思います。公園の木の植え替えの時に、もう中学生になっていたのにそれでもまだなんだかドキドキしました。
今思えば返すことなんて簡単なことだし、返せなくて埋めたと言ってもそんなにずっと怖がる程の悪いことをした訳じゃないんですよね。ちょっと勇気をだして返しに行けばよかったのに、子供ってしょうもないことを真剣に悩むものなんですね。

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繁華街でかくれんぼ、今思うとぞっとする!

私が5歳の頃の出来事です。
家から徒歩で10分くらいの繁華街へ、母と二人食事をしに出かけました。
食事を終えて、母がレジの前で会計をしている間に、ひとりで店の外へ出た私。
2、3件先の建物の陰に隠れました。
「母が来たら、急に出て行ってびっくりさせてやろう」と待っていたのですが・・・。
何分経っても母が現われません。
心細くなり、隠れるのをやめて辺りを探し回るも、母の姿はなし。
置いて行かれたのだと思い、家のあるほうを向いてワンワン泣いていたところへ、母が駆け寄ってきました。
怒られ、抱きしめられ、ますます大声で泣いたことを覚えています。
そんな私も今、ちょうど5歳の娘の母親です。
娘が同じことをしたら、と想像しただけで、動悸がして息苦しくなるくらいです。
自分が母親になって初めてわかる、あの時の母の気持ち。
ひとりで家に帰ろうとして迷子になったのかしら。それとも誰かに連れていかれた?
母が慌てふためいて私を探していた姿が目に浮かびます。
繁華街でかくれんぼ、今思うとぞっとしますね。娘によく言い聞かせておかなければ!

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子供の頃、よそのお家の庭の木苺をとってしまったこと

私が8歳くらいの時のできごとで、今も印象に残っていることがあります。
友達と遊んでいた時、全く知らない、よそのお家のお庭に、木苺がなっていると教えてもらったのです。その子は木苺を取って食べたことがあると話していました。
話を聞いていたら私も食べてみたくなり、友達と一緒に、そのお家に行ってみることにしました。
そのお家はフェンスで囲まれていましたが、子供でもすぐに乗り越えられる高さのものでした。庭には確かに木苺の木があり、つやつやと赤い実は宝石のようで綺麗でしたし、とても美味しそうに見えました。
そのお家の人とは友達も私も顔見知りではなく、会ったことすらありませんでした。よそのお庭に入って木苺を取って食べるなど、いけないことですが、誘惑に負けて、こっそりお庭に入ってしまったのです。
友達と二人で木苺を取って食べていると、庭に人がいる気配を感じたのか、中から家の男の人が出てきました。険しい顔をしていましたが、私たちが子供なのが分かると、表情を緩め、でも、よそのお庭に入って、こんなことはしていけないよ、と優しく諭されました。
私たちは固まってしまい、ちゃんと謝れたのかどうかよく覚えていないのですが、とにかくお家の人は許してくれたため、そのまま帰りました。
その後、同じようなことは二度としませんでした。
よそのお家の庭に入って勝手に木苺を食べるなんて、本当にいけないことをしてしまったと、今でも反省しています。優しく、でもしっかり諭してくれたお家の人は、立派な大人だったと思います。

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初めての七五三

私が印象に残っているのは3歳の時の七五三です。私は和装をして写真館で撮影をしました。
私は初めての撮影でしたし、和装の様な格好をした時もその時が初めてだったので、すごく緊張していたことを今でも覚えています。
子供時代は人見知りということもあり、写真撮影の際に笑顔を作るのもうまくできなかったのですが、父と母が笑っている姿が見えてほっとしたことを覚えています。
そんな中撮れた写真は、すごく固まってしまって首がなくなっている写真でした。
当時はみんなにその写真を見られると「おばあちゃん」と言って笑われていました。
今その写真が手元にあるのですが、今でも緊張感が伝わってきていてとても自分でも楽しく見ています。

当時のことを考えると、とても微笑ましいなと思いますし
今でもしっかりと思い出に残っているので写真を撮ることを設定してくれた親にとても感謝したいです。
また自分の子供ができた時も同じように写真を撮っていきたいです。

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激昂していた担任の先生

小学4年生の時の、担任の先生についてです。40代くらいの女性の先生で、怒ったらとても怖いということで有名でした。普段はおもしろくてユーモアのある先生だったのですが、ある日クラスの女の子が宿題を忘れてしまい、そのことにとても激怒していました。最初は「いつもの怒りモードだなぁ。そこまで怒らなくていいのに」と見ていましたが、その女の子が泣き出してしまった途端、先生の怒りが頂点に達したようでした。
その瞬間、女の子の胸のあたりを思いっきり押して、突き飛ばしました。女の子は衝撃で、後ろにあった机や椅子ごと、漫画のように勢いよく倒れこんでしまいました。女の子はぐったりとしているのに、それでも尚先生は激昂しており、近くをたまたま通りかかった別の先生が「ちょっと、落ち着いてください」と止めに入ってくれました。
あの頃は「本当に怖い先生だ」という恐怖でいっぱいでしたが、今思えば「やりすぎなのでは」「よく問題にならなかったなぁ」と思います。

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違う学校に通う同世代の遊び

小学校から中学校を卒業する位まで、毎年参加していた父の会社の社員旅行。スキーや果物狩りなど色々ありましたが、一番楽しみにしていて印象に残っているのが海水浴キャンプ。5世帯ほどの仲の良い家族で集まり、車で1~2時間ほど走ったところで、キャンプ場もないような地点にテントを張り、ワイワイ楽しんだ事を思い出します。

違う学校の同世代の子と遊ぶ機会は他に無かったので、いつもの友達と遊ぶのとはちょっと違う、微妙な距離感。照れがあったりするのだけれど、遊びだしてしまえば関係なし。ビーチバレーをしたり、泳ぎの速さを競ったりして、さんざん遊んで疲れたらジュースを飲んでひと休み。キャンプの時だけは、無制限でジュースを飲めたのでそれもまた、嬉しかったものです。夜はバーベキュー、朝はその残り、お昼にカレーを食べて解散というルーティーンがあり、カレーの時間になると切なくなるのですよ。帰りたくないと(笑)

そんないつものお決まりのキャンプで、今でも鮮明に思い出す出来事があるのです。それは…

生まれて初めて「ホタル」を見た事。

基本的にホタルがいない地域に住んでいたので、実物を見たのはそれが初めて。というか、それ以来見ていない。夜の川のほとり、ゆったりと光を放ちながら飛んで来て、なんと手の平の中へ。街灯もない、真っ暗闇の中で際立つホタルの光がなんとも綺麗で感動しました。

大人になった今でも、たまに彼らと会ったりはしますが、いつも決まって盛り上がるのはこの「ホタル」の話。とても良い思い出です。

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子供の頃の親切心から起きた出来事

この前急遽、主人に俺の髪を切ってくれとお願いされました。

そしてこの事により自分の子供の頃の事を思い出しました。

あれは4歳の時の出来事で近所に住む同じ幼稚園に通う友達と遊んでいた時の事です。

何やらその女の子は前髪が邪魔みたいな感じだったので幼心から私はその女の子の髪をハサミで切ってあげる事にしました。

幼稚園のお道具箱から工作用のハサミを持ち出しチョキチョキと髪をカットしました。

当然、上手く切れるわけもなくその女の子はカットした後の髪型を鏡で見てから泣きながら家に帰ってしまいました。

私は友達を喜ばせたくてしたはずの散髪が結果、その子を傷つけてしまったんだと思うととても悲しい気持ちになってしまいました。

その後、母に泣きながらこの事を話し親子で友達の家に謝りに行きました。

友達のお母さんに怒られるんじゃないかと覚悟していたけど本来なら子供の髪の長さは親が気付いてカットしたり美容室に連れていかなければならないのに4歳の私が気を使う状況を作ってしまいごめんねと逆に謝られました。

何故か大人になった今でもこの出来事は強烈に覚えていてもし今、自分が親の立場になったとしてもこの女の子のお母さんの様に広い心が持てるのだろうかと思うと今でも申し訳なく感じると共に人の髪を切るのは今でも少々トラウマになっています。

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ある日突然、亡くなってしまった人

子供のころ住んでいた家の裏には、「とても怖いおばさん」が住んでいました。おそらく当時で40代後半くらいだったと思います。私より2歳ほど年上の子供がいたのですが、その子以外の子供はすべて敵であるかのように、いつも怒ってばかりいる人でした。特に何もしていなくて、すれちがいざまに挨拶をしても怒られる始末で、子供ながらに、非常に苦手だと感じていました。

そんなある日のことです。その人が、バス停で倒れ、そのまま帰らぬ人になりました。脳卒中のようなものだったと聞いています。口うるさい人がいなくはなりましたが、
「昨日まで元気だった人が急に死ぬ」
という出来事を、とても怖く思ったものです。
あれから何度も人の死に接する機会はありましたが、その中でも、とても印象的で、忘れられない出来事です。

その人のことは苦手でしたが、いま思えば、何かいつの怒りたくなるような理由があったのかもしれません。いつまでも心から消えない出来事です。

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犬を引き連れての大冒険

私が5歳のときの話です。母子家庭で昼間は祖母に世話をしてもらっていました。私は落ち着きがなく男の子のような性格で外へ出て遊ぶのが大好きでした。
ある日、祖母が外で洗濯物を干している間に私はまた何時ものように一人で外へと出掛けました。近所にはシェパードを飼っている家がありその犬と遊ぶのが日課でした。その日に限って犬が繋がれていなかったのです。私は気にすることなく遊んでいました。ふと私は隣町に住んでいる叔母の所へ行きたくなり行こうと決めたのです。叔母の家へ行く道は毎週のように母と行っていたので覚えていました。歩き出すと犬が一緒に着いてきていました。私は何回か追い返しましたがずっと着いてくるのでお供だと思い一緒に行くことにしました。
しかし、いざ叔母の家に行くと誰もいませんでした。暫くすると近所の人が声をかけてくれ遊んでくれました。すると叔母も帰ってきました。叔母は私が母と一緒に来たと思っていたようですが一人で来たと言うと顔が真っ青になりました。
案の定、祖母は私の姿が見えなくなったので探し回っており警察にまで連絡しようとしていたところでした。
その後、母にさんざん怒られ納屋に閉じ込められたのです。
不思議な事に犬は次の日にはちゃんと小屋へ戻っていました。
今思えば10キロ近くある道のりを歩いて行ったなぁと思います。

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経験した事がある人はいないだろう。

私が、小学校2年生の頃にあった出来事である。
母の田舎に遊びに行き、弟と外で遊んでいた。
昭和の終わりの話だが、それなりに文明が発達している時代に、母の田舎は、かまどで御飯を炊き、薪でお風呂を沸かす古い家だった。
もちろん、トイレも汲み取り式で肥溜めがあった。
明るい屋外から屋根のついた土間に入った時に、その出来事は起こった。
眩しさに目がくらみ、急に暗い所に入ったため目の前が真っ白になったのだ。
その瞬間…私は肥溜めに足を突っ込んだ。
それを見ていた母は、もの凄いスピードで走って来て、私の首を掴んだ。
このおかげで、片足が落ちただけで助かったのだが、完全に落ち込んでいたら頭まで行っていた深さだった。
他の親戚も沢山いたのだが、誰も助けてくれず周りを囲み遠巻きから「風呂沸かす?」「とりあえず水洗いやろ?」「着替えどうする?」と、言いたい事を言っていた。
実の父親でさえ近づいて来ない。
その時、私が思ったのは「お母さんって凄いな」(母は強し)と「お父さんの意気地なし」だった。
その後は、服を脱ぎ、新聞紙をひいた車でバスタオルを巻きつけ、別の親戚の家に運ばれた。
シャワー付きのお風呂があり、年齢の近い子がいるため着替えも借りれた。
現在は肥溜めは廃止されたが、親戚間では語り草になっており、私もネタにしている。

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